消えてしまった「Miko’sライフ」の動画について


ここ数年、私が毎週楽しみにしていたYouTube動画のひとつに、60代の女性が一人暮らしの日常を淡々と記録した「Miko’sライフ」というチャンネルがありました。その動画は、特別な演出や過剰な編集があるわけでもなく、丁寧に暮らす一人の女性の普通の生活を映し出していました。

洗練された生活スタイルや心豊かな趣味に憧れ、毎週その動画を観るたびに、自分の日常を振り返り、もっと丁寧に暮らしたいという気持ちにさせられていました。同じように感じていた視聴者は、きっと私だけではなかったはずです。

ところが、ある日ふと気づくと、その動画が最近アップされていないことに気づきました。それまでは毎週決まった時間に新しい動画が投稿されていたのですが、次第に投稿の間隔が不定期になり、ついには新しい動画が一切投稿されなくなったのです。そして、これまでの動画も探しても見つからなくなりました。削除されてしまったようです。

これにはとても驚きました。あんなに丁寧に視聴者のコメントに対応していたMikoさんが、いきなりチャンネルを閉鎖するような行動を取るとは考えにくかったからです。「何があったのだろう?」と、さまざまな可能性を思い巡らせました。

もしご病気や何か事情があったとしても、これまでの動画を削除する理由は見当たりません。Mikoさんは、主婦としての知恵を活かした「ずぼら味噌汁」や、冷凍保存可能な野菜を使った簡単で工夫に満ちた料理を紹介するなど、多くの人々に役立つ情報を提供していました。登録者数も数万人にのぼっており、動画を残しておけばさらに多くの人が視聴したことでしょう。それにもかかわらず、動画をすべて削除してしまった理由が気になって仕方ありませんでした。

Mikoさんの生活ぶりは、素敵なマンションでの充実した一人暮らしでした。ご主人を数年前に亡くされ、娘さんたちも独立されている中で、ジムや英会話、ドラムの練習、公園でのウォーキングと、多彩な趣味を楽しんでおられました。その様子には多くの視聴者が元気をもらい、共感していたと思います。しかし同時に、彼女の充実した暮らしぶりが、一部の心ない人々の嫉妬や攻撃の的になってしまったのではないかという思いも拭えません。

他の60代女性が日常を記録した動画にたどり着いた際、そこにはひどいコメントに悩まされているという投稿者の言葉がありました。それを見て、「もしかするとMikoさんも、同じように嫌がらせを受けてしまったのでは?」という疑念が確信に変わりました。仮にそのような事情であれば、あれほど丁寧に視聴者と交流し、コメントにも真摯に対応されていたMikoさんが、すべての動画を削除する決断をされた理由も、理解できる気がします。

それでも、突然の閉鎖に対しては、裏切られたような寂しい気持ちが拭えません。Mikoさんに何があったのか、どんなつらい思いをされたのか、何も知ることができないままというのは悲しいことです。しかし同時に、そうした決断に至るまでのMikoさんの苦しみや葛藤を思うと、胸が痛みます。

動画を通して感じられたのは、彼女の生活の丁寧さだけではなく、心の豊かさでした。視聴者との信頼を築きながら、動画を通じて日常の幸せを分けてくださったMikoさんには感謝の気持ちしかありません。もしもまたいつか、Mikoさんの暮らしの一端に触れる機会があれば、こんなにうれしいことはありません。

最後に、Mikoさんがご自身のペースで、心穏やかな毎日を過ごされていることを願っています。

家族関係の難しさ

家族というのは、日々の生活を共にすることで絆が深まる反面、些細なことで感情がぶつかり合い、思わぬ亀裂が生じることもあります。私も今、その難しさに直面しています。最近、私の高齢の両親と成人している子供(両親から見ると「孫」)たちが、些細なことで喧嘩をしました。普段から顔を合わせて暮らしているので、なんとか仲良くやっていたつもりでしたが、どうやらそれも長年の蓄積があったのでしょう。数日経っても、まだその亀裂は修復されておらず、私はどうすれば良いのか、悩んでいます。

喧嘩のきっかけ

すべての家族がそうであるように、私たちも些細なことで喧嘩をすることがあります。今回は、何でもないことが引き金になりました。子供たちが、私の両親に対してちょっとした不満を口にしたことが発端でした。例えば、両親が日常生活の中で小さなことを言い間違えたり、忘れっぽくなったりすることが、子供たちにとっては耐えがたいことだったのでしょう。親としては、加齢に伴う衰えを自覚しているだけに、傷つくことが多いです。一方、子供たちは独立している年齢なので、自分の価値観や生活スタイルに固執しがちで、どうしても親のやり方に納得できない部分が出てくるのでしょう。

私自身も両者の立場を理解しているつもりですが、その場では何も言えずにただ見守ることしかできませんでした。結局、感情が爆発し、今ではお互いに顔を合わせるのが怖いほどの状態になっています。

高齢の親への心配

高齢の親を持つことは、それ自体が大きなストレスとなり得ます。特に、老いによる体調不良や精神的な衰えは、目の前で日々感じるものです。私の両親も年齢を重ね、以前は気にしなかった小さなことで不安を感じるようになりました。また、記憶力や体力の衰えが、私たち家族にとって大きな心配の種です。私は、親に対して「もう少し気を使ってあげよう」と思いつつも、どこかで「甘やかしてはいけない」とも感じてしまいます。

だからこそ、子供たちが親に対して批判的な態度を取ることがとても心配です。もちろん、子供たちにも自立心や生活の独立性が求められる年齢ではありますが、親に対しての理解や思いやりをもって接してほしいと強く思っています。しかし、実際には感情が先行してしまい、理性的な対話がなかなか難しいこともあるのです。

子供たちの傷つき

一方で、私の子供たちもまた傷ついています。彼らは成人し、それぞれ自分の人生を歩んでいますが、家族の中では依然として「子供」として扱われることがあります。それが不満であったり、もっと自分を尊重してほしいと感じることが多いのでしょう。特に両親が高齢になってくると、子供たちも「家族の一員」としての役割が変わり、親に対する責任感やプレッシャーを感じることがあります。その中で、うまくコミュニケーションを取れずに感情が爆発してしまったのです。

私は、子供たちにとって親との関係は、どうしても「支配と被支配」のように感じてしまうことがあるのだと理解しています。それでも、彼らが誤解や感情的な部分で傷つく姿を見るのはとても辛いことです。

どう対処すべきか

こうした家族の問題に直面したとき、私たちはどう対処すべきなのでしょうか。私自身、どのように介入するべきか迷っているのが正直なところです。何もせずに放置すれば、状況はさらに悪化するだけかもしれません。とはいえ、無理に介入しても、家族の中で感情的な対立を深めるだけかもしれません。

まずは、冷静に話し合いの場を作ることが大切だと思います。しかし、感情が高ぶっている状態では、話し合いをしても意味がないこともあります。そこで、少し時間を置き、それぞれが冷静になることが必要です。親にも、子供たちにも、それぞれの立場や感情を整理する時間が必要です。その後、改めてお互いに心の中を伝え合うことが大切だと思います。

また、私たちがうまくコミュニケーションを取るためには、相手を責めるのではなく、共感を示すことが大切です。例えば、「あなたがそう感じるのはわかる」とか、「私も同じように思うことがある」といった言葉を使うことで、対話がよりスムーズになるかもしれません。

さらに、親子関係には限界があります。高齢の親に対しては、過度な期待を持つことは逆効果です。私も、親が完全であることを求めすぎていたのかもしれません。親にも年齢や体力に限界があることを認め、少しずつその現実を受け入れていかなければならないと感じています。

結論

家族というのは、近くにいるからこそ摩擦が生じるものです。長年の関係の中で、どうしてもお互いに感情が溜まってしまうことがあります。それでも、大切なのは、相手を理解し、共感し、適切なタイミングで対話をすることです。そして、家族だからこそ、少しずつ歩み寄り、お互いの立場や気持ちを尊重していくことが、関係をより強くする鍵になると信じています。もちろん、お互いが納得いくような解決はできないでしょう。でも出来なくても、仕方のないことですし、解決しないといけないほどの重要なことはそんなに無いのではないでしょうか。それよりも、私が両親へ歩み寄る姿勢を見せていくことが、子どもたちの心の成長には必要なことだと感じています。

50代女性のジレンマ:自分の人生と家族のための生活の狭間で

50代という年齢に差し掛かると、人生のステージがまたひとつ変わり始めます。子供たちが社会に出始め、独り立ちしていくのを見るのは喜びと誇りに満ちた瞬間です。しかし、同時に親の介護が必要になることも多く、自分の体力の衰えも感じ始める時期でもあります。このような状況の中で、50代女性は自分自身の人生を大切にすることと家族のために尽くすことの間でジレンマを感じることが少なくありません。

1. 子供たちの独立と親の介護の間で

多くの50代女性にとって、子供たちが成長し、社会に巣立っていくのは一つの節目です。子育てが一段落し、自分の時間を取り戻す機会ともなります。しかし、親が高齢になるにつれて、介護の必要性が増してきます。特に遠方に住む場合や仕事を持っている場合、親の介護にどれだけ時間を割くべきか、どのように支援するかが悩みの種となります。

「子供たちが巣立って、ようやく自分の時間が持てると思ったのに…」という声も聞かれます。しかし、親の介護に携わることで、また新たな責任感や心配が生じ、気が休まる暇がないと感じることもあるでしょう。愛する家族のために尽力したい一方で、自分の限界を感じ始めることも少なくありません。

2. 自分の体力の衰えに向き合う

50代になると、若い頃のような体力や気力が続かなくなることもあります。ちょっとした疲れが翌日まで残ったり、健康診断での数値に変化が出始めたりすることが増えてきます。しかし、家事や仕事、介護など、やるべきことは山積みで、自分の体調に無理を強いてしまうことも多いのが現実です。

「まだまだ家族のために頑張らなければいけない」という思いがある反面、身体がついていかないもどかしさを感じることも。体力が衰えていくことを実感しつつも、家族のために奮闘し続けなければなりません。

3. 自分の時間の確保と罪悪感

50代の女性たちが抱える大きな悩みの一つが「自分の時間を持つことへの罪悪感」です。趣味に時間を費やしたり、リラックスする時間を取ったりすることは、自分自身の健康や心の安定にとって非常に重要です。しかし、親の介護や家族の世話が優先される中で、自分のための時間を持つことに対して罪悪感を感じることがあります。

「家族が第一」という価値観が強い日本社会では、自分を優先することが「わがまま」と思われがちです。しかし、実際には自分を大切にすることで、家族に対してもより良い形で向き合えるのです。

私は、このようなことを頭ではわかっていてもなかなか自分だけ楽しむということが出来ずにいます。

本当は、自身の心と体を健全に保つことが、最終的には家族全体の幸せにもつながるという認識が必要なのですが・・・。

4. バランスの取り方を見つける

このようなジレンマに対処するためには、バランスの取り方を見つけることが大切だといいます。家族のために尽力することと、自分自身のケアを怠らないこと。その両方を両立するためには、時には助けを求めることも必要です。介護サービスなどを利用することで、負担を軽減し、自分の時間を確保する方法を探ることができるかもしれません。

また、きっと友人や信頼できる人との対話も有効です。同じような経験を持つ人々との会話を通じて、自分だけが孤独ではないことを感じ、心の支えとすることができるでしょう。

5. 最後に

50代の女性が直面する「自分第一で生きられない」ジレンマは、多くの人が共感できるものです。しかし、家族のために尽力することは素晴らしいことであると同時に、自分自身を大切にすることもまた重要なのです。自分の時間を持つことや、趣味を楽しむこと、自分の健康を守ることにもっと意識を向けるようにしていきたい。

自分自身が幸せであることが、家族全体の幸福にもつながります。

「まだまだ頑張らなければならない」と思う気持ちも大切ですが、「もう少し自分を大切にしよう」と思う気持ちも、同じくらい重要です。家族を支えるその力強い手が、自分自身も支えていることを忘れずに、日々の生活を一緒に大切にしていきましょう。

中森明菜と近藤真彦の共同会見から子育てを考える

幼少期の記憶と現代の理解

私は幼少期に特段大ファンというわけではなかったが、中森明菜と近藤真彦の共同会見をテレビで見た記憶がある。しかし、当時はその意味を深く理解することができなかった。大人になり、様々な経験を重ねた今、YouTubeでその映像を見返すことで、会見の真実に触れることができた。今だからこそ、中森明菜の悲しみと近藤真彦の態度の真相が理解できるようになった。

中森明菜の悲しみと切なさ

会見を見返すと、中森明菜が本当に可哀想でならない。

彼女の涙、そしてその背後にある心の痛みが、画面越しに感じられる。好きな人に裏切られ、もてあそばれ、振り向いてもらえない切なさは、私自身の経験とも重なり、胸が張り裂けそうになる。

中森明菜は当時、トップアイドルとして多忙な日々を送っていたにもかかわらず、愛する近藤真彦との関係に多くのエネルギーを注いでいただろう。皆の静止を振り払いながら。。。

しかし、彼女の純粋な愛情は報われることなく、逆に傷つけられてしまった。彼女の表情や言葉からは、その痛みと悲しみ、でもまだ彼を信じたいという思いがひしひしと伝わり抱きしめてあげたい気持ちになる。

近藤真彦の態度とジャニーズ事務所の影響

一方で、近藤真彦の態度には非常に失望させられる。ジャニーズ事務所の指示であったことは理解できるが、それにしても彼の態度は非常に軽薄で、へらへらとした笑顔はまったく誠実さを感じさせない。彼の無神経な態度は、第三者から見れば失望するはずであるが、そんな態度でも会見中でも中森明菜にとってはすがりつきたい思いしかなかっただろう。

ジャニーズ事務所の影響力は当時非常に強く、近藤真彦もその一員として、事務所の指示に従わざるを得なかったのかもしれない。しかし、それでも彼自身がもう少し誠実に対応することができたはずである。彼の無責任な態度は、結果として中森明菜を深く傷つけるものであり、のちに痩せすぎや拒食症などと噂されていたが、彼女の人生を変えてしまったのではないだろうか。

相手の気持ちはコントロールできない

この会見を改めてみて、当然ながら恋愛においては、相手に対する誠実さと尊重が何よりも大切であるということを感じる。

これまで私自身の経験や仕事やプライベートを通して、中森明菜のようにどんな目にあっても一度愛した彼氏を信じきってしまっている女性は本当に多くいると感じている。

純粋な愛情を持って接することは素晴らしいことだが、相手がその愛情に応えるかどうかは別の問題である。どんなに好きになっても相手の気持ちはコントロールできない。だから自分の人生を大切にすることを生活の中で一番大事にし、相手の行動に対して冷静に対処できるようにならなくてはいけない。

相手を大切にできない人を見極める

愛情と尊重のある環境で育つことで、子どもたちは自己肯定感を持ち、他者と健全な関係を築く力を養うことができる。

親として、子どもたちに対して誠実であり、彼らの意見や感情を尊重する姿勢を示すこと。

日々の親のその態度によって、こどもたち自身が自分と自分の人生を一番大切にするようになる。そして相手を大切にできない人を見極める人間になることは人生において大切なことだ。大切にする気のない奴からは離れてしまえばいい。育った環境はわからないが、中森明菜には難しかったのだろう。

彼女の苦しみからそんなことを強く感じた。

離婚とその後の生活:母としての挑戦と成長

離婚とその後の生活

私は子どもたちが小さい頃に離婚を経験した。原因は様々あるが、一番の理由は嫁姑問題であった。離婚カップルにありがちな元夫への恨みはそれほど感じていない。しかし、いくら実家が頼りになったとはいえ、女手ひとつで三人の子どもを育てるのは一言で言えば非常にきつかった。

離婚には双方の責任があり、子どもたちはその犠牲者であると考えている。それでも、私がむかつく女だったとしても、可愛い我が子を手放すなんてひどい人間だと、思い出して泣くことがしばしばあった。

苦しい生活

離婚後の生活は順風満帆とは言えず、非常に苦しいものであった。母子家庭で3人の子を育ているので当然に貧しく、家計はきつきつ。いつも実家から缶詰をもらっていた。家でご飯を炊くときには水を多めにしてかさ増しし、子連れで食料品を買いに行くときはお菓子コーナーを避けるよう全神経を集中させていた。ある意味、すばらしい技法で避けることができるようになったものである(笑)

貧しさよりもつらかったもの

貧しさには耐えられたとしても、子どもたちが病気になるとその負担は非常に大きく、特に上の子は体が弱かったので、睡眠時間が2時間しか取れない日が1週間続くこともあった。睡眠不足でも、実家に子を預け仕事を片付けに行き、時間休をもらって、病院へ連れていく。病院から帰ると家事育児、看病。またほとんど寝ずに翌日を迎える。というような生活は珍しくなかった。だから、子どもたちが健康でよく眠ってくれているときは、「非常にありがたい」と空へ手を合わせたくなるような期間だった。

どれほどお金に困っていても子供たちが健康であれば、私の心と体も健全でいられる。健康であれば、貧乏なんてつらくないし、ずっと続いてもなんてことない、と思っていた。

母子家庭としての困難

母子家庭ということで、大人の男性の影がないため、様々なトラブルにも見舞われた。子ども同士のいざこざで文句を言われることや、停めている車に傷をつけられても弁償されないなど、困難な状況に直面した。母子家庭は軽く見られがちであることを痛感した。

もちろん、私は完璧な母親ではなく、仕事と育児で毎日忙殺されていた。子どもたちにガミガミと叱ることは日常で、彼らと向き合う時間も少なく、子育てを作業のようにこなしていた。

自分自身を褒められること

それでも、子どもたちを成人させることができた私は、自己肯定感は低いものの、唯一自分を褒めたいことがある。それは、元夫の悪口を子どもたちに絶対に言わなかったことである。これは本当に自分を褒めたいと感じる点である。

元夫の悪口を言わなかった一番の理由は、子どもたちの体に流れる血の半分は元夫と同じだからである。元夫を否定することは子どもたちを否定することになると思っていた。これは教育的な観点からというよりも、事実としてそうだと思っている。また、他人の悪口を言われて育つ子供の苦しみを一番経験している私だから、自分の子を私のような思いをさせたくない、という気持ちも大きかった。

これからの目標

自分の育ったようなぎすぎすと緊張感のある家庭ではなく、できるだけふんわりと包むような温かい、肩の力がすーっと抜ける、安心してなんでも言える雰囲気の家庭を作りたかった。それは実現できたかどうかというと点数で言えば50点くらいなのかもしれないけど、私のこどもの頃のような家庭にはなっていないはずなので、そういう意味では反面教師として両親には感謝せねばなるまい(笑)。

前向きな生き方

これからも様々なことを振り返りながら日々の生活の中で小さな喜びを見つけ、自分自身を褒めることを続けていきたい。たとえ小さな事柄であっても、それを認めることが大切だと感じている。過去の苦労や経験を乗り越えた自分を肯定し、未来に向かって歩んでいきたい。

具体的な自己肯定感の高め方と今後の生き方

私は活発で明るい友人のようになりたいと思っていた。なぜ自分だけがこんなに悩んでばかりいるのか、生きていくことが嫌になってしまうことが多かった。そんな自分を変えたい一心で、周りの人々の振る舞いや考え方を真似しようとした。

のびやかに生きている友人や知人のように振る舞うことで、自分も少しは楽になれるのではないかと思った。

例えば、彼らが楽しんでいる趣味に挑戦してみたり、彼らのように笑顔で接することを心がけたりした。しかし、無理に他人のスタイルを真似しようとすると、逆に自分がどんどん小さく感じ、ますます自己嫌悪に陥ってしまった。自分の本来の姿とはかけ離れた行動を取ることで、かえって落ち込み、みじめな気持ちになった。

しかし、ある時、私は自分を無理に変えようとするのではなく、自分自身を受け入れることが大切なのだと思いついた。他人のようになることはできないし、それを目指す必要もない。自分の感情や考え方を否定せず、そのままの自分を認める方がいいのではないかと感じた。

その気づきから、リハビリを開始した。

自己肯定感を高めるための具体的な方法を探り始めた。まずは、自分の長所や得意なことを見つけることから始めた。

また、自己肯定感を高めるためには、自分を否定するような人々とは距離を置き、自分を肯定し支えてくれる友人や家族と過ごす時間を増やすことにした。特に学生時代の私は、思い出したくないことがたくさんあるため、彼女たちが悪いわけではないが、できるだけ学生時代の友人との距離をとることにした。

そして、その時間を自分を振り返る時間に充てることした。

さらに、自己肯定感を高めるためのセルフケアの方法も取り入れた。例えば、定期的に運動をすることで体を動かし、ストレスを発散することが効果的だった。

さらに私は、友人との会話の中で、深刻な思考の癖を抱えていることに気づいた。それに気づいた友人の勧めで過去の経験や感情を整理するために、心理カウンセリングに行ってみた。

私の思考の癖は、楽しい時間を過ごしているとき、その瞬間を十分に楽しむことができないことである。そればかりか、自分だけおいしいものをたべたり、楽しい思いをしていると親やこどもたちに申し訳ないという思いが湧き出てくるのである。

だから私がひとりでもしくは友人と楽しい時間を過ごすことは、罪悪感を感じる時間でもあるのだ。

これらは、典型的な毒親育ちの人間に現れる思考であるらしい。いまでもその癖は治せていない。

しかし、セラピストのサポートを受けることで、過去のトラウマから解放され、前向きに生きる力を得ることができた。

さらに、自分の価値を認めるために、自己啓発の本を読むことも助けになった。多くの著者が共有する知識や経験は、自分自身の成長に大いに役立った。特に、自分を愛し、自由に自分に優しくすることの重要性を学ぶことができた。

今後は、自分の感情や考え方を大切にし、自分らしく生きることを心がけたいと思っている。

50年も頑張って生きてきたのだからと自分自身に言い聞かせながら。

いまの幸せを感じるには他人と比較することなく、自分のペースで成長していくことが大切だ。そして、過去の経験を活かし、同じような境遇にある人たちに希望を届けられるような存在になりたい。

自分を認め、自分を愛すること。それが、自己肯定感を高めるための第一歩である。これからも、自分らしく生きることを大切にしながら、前向きな人生を歩んでいきたいと思う。どんなに辛い過去があっても、自分自身を大切にすることで、新しい未来を切り開いていける。自分の価値を信じて、一歩一歩前に進んでいこう。

続編:悪口の中で育った幼少期の思い出


私は私自身のことが大嫌いだった。私は迷惑な人間であり、嘘つきであり、出来損ないである。と、40歳過ぎまで、そう思って生きてきた。

思い出したくない思い出

幼少期の私の記憶は、思い出したくないことばかりである。以下は、私の暗い過去のほんの1ページである。

母親は姑や義兄弟、私の友人の悪口を日常的に口にし、父親もまた近所の人々を「ばかだ」と常々言っていた。そんな環境の中で、私は自己主張を許されずに育った。

自己主張はわがままだとされ、親戚や地域の集まりでも私は絶対的な沈黙を強いられた。自己主張する子供は大人をばかにしている、だから絶対に許さないという考えが私の家庭には根強くあったのである。そんな環境で育った私は、いとこたちが大人と対等におしゃべりをしているのがとても羨ましかった。少しでも真似をしようものなら、すぐに叱られ、時には殴られることもあった。

親戚からは「こどもらしくない子」と言われ、そのような評価を受ける私に対して、母は「ばかだ」と嘲笑した。このような環境の中で育った私は、自己肯定感の低い人間となってしまった。

(これまで私が心を許した友人たちに、このようなひどい体験をした人はいない。だから今日まで私はカウンセラーにさえ、詳細を伝えることができずにいる。だれかにわかってほしいと思っていても、びっくりされるのは辛すぎるから。)

救い

しかし、昨日のブログで書いたように、私は良い友人や先輩との出会いを通じて、自分の感情を出して生活しても良いことに気づいた。優しい先輩が多くのことを褒めてくれた40歳ごろの出来事が、私の認知を大きく変えるきっかけとなった。自分の考えや感じ方が必ずしも間違っていないということを理解し始めたのだ。

この気づきは、私にとって非常に大きな転機となった。自分の感情や意見を大切にし、表現することができるようになることで、怖かった人間関係が、逆に周囲からかわいがられるようになったように感じた。(あくまで主観ですが)

これからも、自分を大切にし、健全な自己主張を続けていくことで、心の健康を保ち、豊かな人間関係を築いていきたい。過去の経験が私を形成した一部であることは否定できないが、それを乗り越え、自分らしく生きるための道を歩んでいきたい。

他人の悪口を聞かされて育った私の心の傷とその癒し方


私は幼少期から、常に他人の悪口を耳にして育ってきた。両親は近所の人々や親戚、学校の先生など、あらゆる人についての批判を私に話し続けていた。その影響は、今の私の人格や心の健康に深く影を落としている。

他人の悪口が日常だった家庭

我が家では、食卓でも、リビングでも、車の中でも、悪口が飛び交っていた。誰かの失敗や欠点をあげつらうことが、家族のコミュニケーションの一環となっていたのである。私は、無意識のうちに「他人を信頼することは危険である」というメッセージを受け取っていた。

私の家庭が異常だと気づかされたのは、別れた夫からの言葉である。「お前の実家では、必ず『〇〇が悪い』と家族の中の犯人を決めるのが日常だよな」と言われたことからである。

たしかに、「ここにおいたみかんが減っているのは、誰のせい?あなたが3個食べたから、あなたのせい」など、些細などうでもいいことでも犯人を決めるのが日常であった。

他人を批判する習慣がもたらした影響

このような環境で育った結果、私は人間関係において常に警戒心を抱くようになった。誰かが親切にしてくれても、その裏には何か悪意が隠れているのではないかと疑うようになった。それはいいとしても今思えば一番苦しかったことは、自分自身に対しても過度に厳しくなり、自分を責めてばかりいたことである。失敗や欠点があれば、それがすべて私の人格の欠陥であると感じてしまい、最低な人間とさえ思っていたのである。

自己価値の低下

他人を批判する声を聞き続けることで、私の自己価値感は低下していた。自分が他人からどう見られているのかを常に気にし、誰かが自分を批判しているのではないかと不安に思うようになった。自分に自信が持てず、自らを卑下するだけの幼少期~青年期であったように思う。

認知の変化

私の認知がおかしいと気づかされたのは、優しい先輩に多くのことを褒められた40歳ごろのことであった。その先輩のおかげで、自分の感じていることや思っていることが必ずしも間違っているわけではないと理解するようになった。

癒しのプロセス

このような心の傷を癒すために、私はいくつかのステップを踏んできた。まず、自分の感情や思考を見つめ直し、なぜそう感じるのかを理解することから始めた。これは簡単な作業ではなかったが、自己理解が進むにつれて、自分の中にある否定的な感情を整理することができるようになった。

次に、信頼できる友人やカウンセラーの助けを借りて、自分の感じていることを話すようにした。話すことは、心の中に溜まった感情を解放する手段となり、また、他人の視点を通じて自分の問題を客観的に見ることができた。

新しいコミュニケーションの方法を学ぶ

他人の悪口を聞かされて育った私は、批判的なコミュニケーションスタイルを無意識に身につけていた。しかし、それが自分にも他人にも良い影響を与えないことに気づき、感謝の気持ちやポジティブなフィードバックを伝えることが、自分自身の心の健康にもつながると実感した。

自己肯定感を育む

自己肯定感を育むためには、自分の良い点を認識し、それを肯定することが重要である。幸いにも、私に寄り添っていつでも褒めてくれる先輩や友人を得たことが大きかった。

普通に日常生活を送る私に「えらい、それで十分だよ」とたびたび言ってくれる友人のおかげで、自己肯定感を少しずつ向上させることができた。自己肯定感が高まることで、他人の意見に振り回されることも少なくなり、自分自身の価値を信じられるようになった。

最後に

他人の悪口を聞かされて育った私の心の傷は深く、完全に癒えることは難しいかもしれない。しかし、自己理解と自己肯定感を育むことで、その影響を少しずつ克服していくことができた。今では、他人との関係においても前向きなコミュニケーションを心がけ、自分自身を大切にすることを忘れないようにしている。

もし同じような経験を持つ方がいれば、ぜひ自分の心の声に耳を傾け、できるだけよき友人を得ることで、自己肯定感を取り戻すための一歩を踏み出してほしいと思う。

毒親に育てられた私が気づいた「自己価値を取り戻す方法」とは?

この記事では、毒親に育てられた経験から学んだ自己価値を取り戻す方法と、健全な人間関係を築くためのヒントを紹介します。ぜひご一読ください。

毒親との付き合い方

毒親に育てられた人の中には、「あなたは間違っている」と言い続けられ、自分の価値や意見を否定され続けた経験がある方が多い。私もその一人であり、その影響は今もなお私の人生に色濃く残っている。

幼少期から親に「あなたは間違っている」「他の人は素晴らしい」と言われ続けると、自然と自己評価が低くなり、自分の意見や感情を正当に評価できなくなる。私もそうだった。自分の考えはわがままで自分勝手であり、他者の言うことが常に正解だと信じ込んでいた。

その結果、自分自身を信じることができず、失敗ばかりするようになった。他人に嫌われるのは自分の人間性が良くないからだと本気で思い込んでいた。社会に出た後も、その影響は続き、職場や人間関係においても、常に自分を責め続けた。

親子関係が良くない場合、自分よりも周りの方が常に正しい、自分だけが正解を知らないと感じることが多い。そして、社会に出た後も、自分の中で違和感を感じていても、それを表現することがためらわれて、嫌なのに嫌と言えず、やりたくないことも気づけば押し付けられてしまう。

私は長い間、自分が未熟であるから、自分に落ち度があるからと自分を責め続けた。毒親からのメッセージを真に受け、自己評価を低く見積もっていた。しかし、それは必ずしも正しいわけではない。どんなに頑張っても、つながれない人というのはいるのだ。

心理カウンセリングを受けて、自分の感覚や感情を信じることの重要性に気づいた。感じることや思うことは私自身の権利であり、それを否定する必要はないと理解した。以下に、毒親との付き合い方についてのヒントを紹介する。

  1. 自分の感覚を信じる どんなに「その見え方はおかしい」と言われても、自分の感じ方を信じることが大切である。感じることや思うことはあなた自身の権利であり、それを否定する必要はない。
  2. 自己主張を練習する Noと言うこと、自己主張をすることを練習する。最初は難しいかもしれないが、少しずつ練習していくことで、自分の意見を表現することができるようになる。
  3. 感情を表現する 怒りや悲しみなどの感情を抑え込むのではなく、適切に表現する方法を学ぶ。心理カウンセリングなどにより、感情を健康的に表現するスキルを身につけることができる。
  4. 自己価値を認める 毒親からのメッセージに影響されて自己価値を低く見積もることがあるが、あなた自身の価値を認めることが大切である。自分を大切にすることで、健全な人間関係を築くことができる。
  5. 距離を置くことを考える 必要に応じて、毒親との距離を置くことも選択肢の一つである。物理的な距離を取ることで、精神的な安定を保つことができる場合がある。
  6. サポートを求める 一人で抱え込まず、信頼できる友人や専門家のサポートを求めることが重要である。サポートを受けることで、より良い対処法を見つけることができる。

私は、自分の感覚や思いを大切にすることを心理カウンセリングを通して理解できた。そして、今度はそれを表現してみる練習をしている。リハビリのようなものだ。表現するまでは、出したら大変なことになるんじゃないか、社会から抹殺されるんじゃないかと怯えていたが、いざ表現してみたら意外と何も起こらない。そしてその方が生き易いことに気づく。

これまで使わなかった筋肉を鍛えて使ってみるようなものかもしれない。筋肉は裏切らない。だから筋トレ、リハビリに励むのだ。

毒親との関係は簡単には改善できないかもしれないが、自分を大切にし、健全なつながりを築くことが心の健康につながる。努力では解決できない関係があることを理解し、自分の価値を認めることが、豊かな人生を送るための第一歩である。

毒親に育てられた経験は、確かに私に深い傷を残した。しかし、今はその傷を癒し、自分自身を取り戻すための旅を続けている。これからも自分を信じ、自分の価値を認めることで、より良い人生を築いていきたい。皆さんも、自分自身を大切にし、自分の感覚や思いを信じてください。それが、健全な人間関係を築くための第一歩です。

毒親に育てられて〈個々の感じ方の違いと自己表現の重要性〉

同じものを見ても、人それぞれ感じ方や見え方は異なる。しかし、もし誰かに「その見え方はおかしい」と言われ続けると、自分の感覚が間違っているのではないかと感じてしまうことがある。毒親に育てられた場合、周りの意見が常に正しく、自分だけが正解を知らないと考える。

社会に出た後も、自分の中で違和感を感じていても、それを表現することにためらいを感じてきた。

嫌なのに嫌と言えず、やりたくないことを押し付けられてしまうこともある。これは、子供の頃からNoと言うことを許されず、自己主張することができなかったり、怒りを表すことさえ許されなかったからである。

私は心理カウンセリングを受けて、感じることや思うことが許されるということを理解することができた。そして、それを表現する練習を始めることにした。

これはまるでリハビリのようなものだ。

最初は、表現することに対して大きな恐れを感じていた。社会から拒絶されるのではないかとまで怯えていたが、実際に表現してみると何も起こらず、それどころか生きやすくなることに気づいた。

これは、これまで使わなかった筋肉を鍛えて使ってみるようなものだ。だからこそ、自己表現のリハビリに取り組むことが重要である。